いっぱしの強い意志をもった人間、つまりやり手タイプは、概して浅はかな存在だ。

 すべての率直な人間、やり手タイプは、愚鈍で足りないがゆえに活動的だ。

 まともな人間は臆病な奴隷であらねばならない。

 俺が拠って立つべき根本原因、どこに見いだせばよいのか。
あらゆる根本原因はすぐさま別の、さらに根本的な原因を手繰り寄せてしまう。
それが無限に続いてゆく。
これが、あらゆる意識や思索の本質というものだ。

 決闘はフランス流の自由思想の産物。

解説

 現在、あらゆる者が自分の巣に閉じこもり、全体から孤立している。

 あらゆる者が我を無にすることによって、皆が溶け合い、個性が最高度に発達する。

 個性は自我に固執して個人的枠内に止まる限りは十全に自己を発揮できない。

 己を無にして他者に委ねることなど、生きている限り不可能だろう。

 この難解で奇妙な小説は、ロシアよりも西欧で、圧倒的な影響力を発揮してきた作品かもしれない。
カミュやサルトルの作品にインスピレーションを与えた。

 西欧の思想や芸術を取り込んだ1840年代人は、観念的な理想主義者、ロマンチストとなった。
高邁な理想を胸に、全人類の福祉のために奉仕したいという願望をもちながらも、いざ実行という段になると、何一つ成し遂げることができない。
漠然と全人類に向けられた愛情も、生身の身近な個人の愛には応えることができない。


地下室の手記 (新潮文庫)
ドストエフスキー
新潮社
1970-01-01